名 前  
栗山康永(くりやまこうえい)

寺院名  
大念寺(融通念仏宗)

住 所  東大阪市大蓮東二丁目六番十一号

T E L  06−6722−1759
F A X  06−6722−1759

E-mail dainenji@hct.zaq.ne.jp
H P    http://www.hct.zaq.ne.jp/dainenji/index.htm

《私の葬儀哲学》

 信仰があれば、真実の世界に還らせていただき、人として生まれ変わる最後の機会でもある儀式です。信仰がない方でも、「自分の魂はどこにいくのか」を問わずには生きられないと言われています。
 そのような大切な方からの死を通して、改めて忙しい日常の中で、いのちをいただいた事に感謝し(いのちをいただいてありがとうございました)、手をあわせる機会でもあります。日頃忘れている日常の感謝を亡き方の中陰等でさらに続ける事によって、「自分の力を超えた大きな力がふきぬけていると感じ」「おおいなる力がこの私にも行き届いているという出会い」「根源的なものに生かされているという魂や命の喜び」などの生きていく力や本当の喜びをいただけるのです。
 「いのちの重さを忘れた時代」と呼ばれるような現代において、大切な方から「いのちの大切さ」を教えてもらえる大切な仏事なのです。


《葬儀の形態》

 信仰のある方は、祭壇を中心にされるのではなく、ご本尊の絵像をお掛けしてご本尊中心のお祭りをして欲しいと思います。最近は一般には「自分らしく」という思いで、家族葬・音楽葬・樹木葬・散骨など、葬儀の形態は多様化してきています。一番よいのは、生前から私らしい逝き方を一緒に考えあう事ができることが理想です。できない方が多い現状では、親族の方々といのちの大切さや生と死などを伝えられるような葬送の形を相談できるようなものにしたいと願っています。


《自己アピール》

 1956年 東大阪生まれ。お寺の跡継ぎに抵抗し、お寺のあり方に疑問を持ち続けて、20代の時は平和や市民運動などに参加。父亡き後、29歳で住職になってからの30代は、自分の宗の教えや信心の疑問より、大学の聴講などでもう一度仏教を学ぶ。
 今は3人に1人ががんで亡くなるなど、亡くなる方が年々増えていく現状です。だからこそ、亡くなってから勤める坊さんではなく、亡くなる前に心のお付き合いができることを目標にしています。その為に今はビハーラの勉強をさせてもらってビハーラ僧を目指しています。
 「いのちの大切さ」や「仏教のすばらしさ」を少しでも知ってもらおうと、昭和58年に始めた寺報「ひじり」(平成17年度現在で108号)の発行やお寺の講演会なども開催しています。詳しくは
HPをご覧下さい。


《布施について》

 本来は仏法を護り伝えていく道場を維持するための布施で、僧侶に財施(ざいせ)をするのは、法を広める資金にしてもらうためです。言い換えれば、お念仏などの修行が行われない場所は本来の寺院と呼べず、法を伝える法施(ほうせ)をしない人を僧侶とも呼べません。 よって、本来は仏法を聞き、仏法を護るための信仰の繋がりがあれば、お布施はいくらでもよいでしょうが・・・その関係がない場合は、一応の目安だけ申しております。あくまで目安で、家の事情に合わせて考えてくださったらよいと思います。

布施
 *導師(枕経〜通夜〜葬儀〜斎場勤行〜お骨上げ勤行)
  10万〜20万(戒名料、車代、膳料も含む)
 導師(役僧)  8万〜15万(車料、膳料を含む)
 
 *初七日  2万〜3万

会館使用料(通夜、葬儀式の2日間)  5万〜10万

 その他については直接お尋ね下さい。


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