@こんな時期の報恩講ですから、今日は親鸞聖人の戦争観を探ってみましょう。
親鸞さんが今おられたら、どうおっしゃるかということですね。
@戦争とは、要するに殺し合い」で、お互いに“正義”を立てます。
どちらも聖戦ですから、やっかいです。
@親鸞さんの先生の法然さんの出家の動機は、お父さんが殺されたことなんですが、
そのときのお父さんの遺言が、『仕返ししてはならない。それは際限がない。
私の菩提をとぶらって、怨親平等(おんしんびょうどう)の世界に生きよ』
というのものなんです。それがキッカケになって、
法然さんは念仏者の道を歩んでいかれることになったのです。
こう ぼう いん きざ り しょう もよお
@親鸞聖人の出家はどうかというと、よくわからないんですが
報恩講で読まれる『御伝鈔』という書物には、
『興法』仏法を顕かに示したい。『利生』衆生を利益したい。とあります。
個人的な事情までは読み取れませんが、『衆生利益』ですから、
厳しい状況に生きておられる方々を救いたい」と思い立たれたということです。
@親鸞さんは九才で出家されますが、八才の頃はずっと『念仏弾圧』を受けられます。
晩年には承久の乱と、一生を通して、
本当に悲惨な状況を目の当たりに観て過ごされます。
@そこで課題は、それらの状況をどう観て、どう感じ、どう動くのかでしょう。
現代の私たちも、今、アフガンの悲惨な姿を見て、どうなのかということです。
親鸞さんは、その中で、本当に争いのない国を願われたんです。
有名な言葉に念仏を弾圧する人のために、念仏しなさいというものがあります。
また、聖徳太子を仏法を中心とする国を造ろうとされたと、
とても大切にしておられます。
@民衆の願う平和な国(和国)、怨みを持つ者も、親しい者も、
平等に出会っていける国(世界)は、私達一人一人が
水平に出会いたいという願いを担う「一人」に成っていくことがでしか
できないのだと言われます。