今、世界は! 〜戦争を考える・行動〜 その1

顧倒 2001年12月 No.216号より掲載
<海外派兵>
つい先日、自衛隊の海外派兵の法律が、大きな論争・議論も無いまま国会で定められた。
確かに小泉首相は、高い支持率を保っているけれど「ちょっと待てよ」と思う。
「海外派兵」までもが、高く支持されているんだろうか。
瑞興寺の門徒方一人一人に聞いてみたい。
ほとんどの人が、戦争はいやだとと言われるだろう。
同時に「でも仕方がない」とか「よくわからない」と言われるのではないか。
「これって何や」・・・56年前に戦争が終わってから、
初めて本格的な軍隊が海外に出て行くというのに、
世間のこの無関心さは、いったい何なんだろう。

<殺すな―不殺生戒>
仏教の教えの一番最初の「教え」は「殺すな」である。
「いのちを傷つけてはならない」と。
もちろんこの教え(戒律)が「食べる」ということで、
他の命を殺さなければ生きていけない人間の「原罪」を教える教えだが、
その教えを聞くことを通して、端的に言うと、そんな自分自身の姿に気づき、
殺しすぎない私の誕生を願っているのである。

<僕の反戦の原点>
もちろん僕は、仏教者の一人として、
上記の教えに従って「あらゆる戦争に絶対反対」であるが、
その前に、僕自身の反戦の原点というべき言うべき経験がある。
それは、僕のおばあちゃんの「教え」である。
僕の実家の祖父は、
僕が中3のときにこの世の命が終わったが、
僕がまだ小さかった、多分、5、6歳の頃に時々、
戦争の事を語ってくれていた。
昭和の32、3年、戦争が終わって10数年の頃だ。
勝ってくるぞと勇ましくなんて軍歌も教わったけれど、
祖父は息子の(僕の伯父)を戦死させていて、その伯父のことを思い出して、
   「お国のために死んで来い。
   と言って送り出したけれど、
   ほんまにアホなことを言うたもんやなぁ」
 と孫の僕に漏らしていた。
 また、「アメリカ軍が上陸してきたら、
     本気で竹槍で戦おうと思っていた。
     ほんまに何も知らんアホやった」
  と孫の僕に嘆いていた。

  こんな心からの嘆きだからこそ、
 そこに「真実性」があるのではないか。
 と、今、僕は思う。
 そう言えば、この伯父もユニークな人だったようだ。
 大阪商船の事務長をしていて、
 いろんな外国のことを知っていた人で、
  「日本軍が真珠湾を攻撃した」と聞いたとたんに、
  「何アホなことしよんねん。負けるで」
 と言っていたそうだ。
 それでいて、召集が来たときには、
  「俺は行く」と言って、
 輸送船に軍属として乗り込んで戦死したわけだ。
 切ない思いがする。
 と同時に、具体的に広い世界を知っている者は、
 「狭い世界」しか見てない者より、
 より「真実に近い」一つの例だ。と、今、僕は思う。
 
 このような「真実の叫び」に比べたとき、
 例えば今、国会ので語られている
 いろんなこじつけの、
 言い訳の言葉の何と薄っぺらなことかよ。
 勇ましいことを声高に言っている評論家や
 議員やTV出演者は、決して死なないものである。
 死ぬのは、いつも僕の伯父のような、
 真面目な下々の若者なのだ


    上記記事毎日新聞より引用
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