瑞興寺

<真宗大谷派 瑞興寺>(ずいこうじ)
住所:大阪市平野区平野市町3-4-17
編集:瑞興寺住職 釋秀顕

歎異抄 ~骸骨~

親鸞いのちのことば

歎異抄とは…

親鸞800年ほど前、 鎌倉時代の日本を生きた仏教者、親鸞(しんらん)の思想を 一番はっきりと伝えていると言われる書物。 親鸞の弟子である唯円(ゆいえん)坊が自分の聞いた言葉を書き留めたものが主な内容となっている。 親鸞の死後20~30年のち弟子たちがおのおのに勝手な主張をしているのを嘆き、間違っている点を指摘し正しい教えをつたえるために記された、わずか1万2千字程度の短編。 前半10章には親鸞聖人から聞いた直接の言葉を書き、後半8章に異義に対する唯円の批判を示して書かれている。 500年ほど前、戦国時代を生きた蓮如(れんにょ)は、この書物を一般に普及させるには刺激が強すぎると判断し、長い間一般への公開はされなかった。明治以降、浄土真宗改革運動に乗り出した 清沢満之(きよざわまんし)の力と、彼の跡を継いだ暁烏敏、曾我量深、金子大栄など 彼の弟子達の力によって一般に公開されてきた。 現在も多くの人々に読まれる聖典で仏教者以外にも、知識人・文化人などの手によって様々な解説書や著書が書かれている。


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0.序 文 2000年12月6日
題:『異なるを嘆く』
1.第一章 2000年12月6日
題:『老少善悪のひとをえらばれず』
2.第二章 その1 2000年12月6日
題:『ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし』
3.第二章 その2 2001年1月25日
題:『地獄は一定すみかぞかし』
4.第二章 その3 2001年1月25日
題:『面々の御はからいなり』

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5.第三章 その1 2001年1月25日
題:『善人なおもて往生をとぐいわんや悪人をや』
6.第三章 その2 2001年1月25日
題:『善人なおもて往生をとぐいわんや悪人をや』
7.第四章 2001年11月20日
題:『慈悲に聖道・浄土のかわりめあり。』
8.第五章 2001年11月20日
題:『一切の有情はみなもって世々生々の父母兄弟なり。』
9.第六章 その1 2002年4月10日
題:『親鸞は弟子一人ももたずそうろう』

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10.第六章 その2 2002年4月10日
題:『つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、
はなる』

11.第七章 2002年4月10日
題:『念仏者は無碍の一道なり』
12.第八章 2002年5月8日
題:『念仏は行者のために非行非善なり』
13.第九章 その1 2002年5月8日
題:『念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろう』
14.第九章 その2 2002年5月8日
題:『死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり』

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15.第九章 その3 2002年6月19日
題:『踊躍歓喜のこころもあり急ぎ浄土へも参りたく
そうらわんには煩悩の無きやらんと怪しくそうらいなまし』

16.第十章 2002年6月19日
題:『念仏には無義をもって義とす不可称不可説不可思議のゆえに』
17.第十一章 その1 2002年6月19日
題:『なんじは誓願不思議を信じて念仏もうすか、また名号不思議を信ずるか』
18.第十一章 その2 2002年7月20日
題:『誓願不思議・名号不思議』
19.第十二章 その1 2002年7月20日
題:『本願を信じ念仏をもうさば仏になる』

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20.第十二章 その2 2002年7月20日
題:『上根のひとのためにはいやしくとも、
われらがためには、最上の法にてまします。』

21.第十二章 その3 2002年9月6日
題:『諍論のところにはもろもろの煩悩おこる、智者遠離すべき』
22.第十二章 その4 2002年9月6日
題:『なんじは誓願不思議を信じて念仏もうすか、また名号不思議を信ずるか』
23.第十三章 その1 2002年9月6日
題:『卯毛羊毛のさきにいるちりばかりもつくるつみの、
宿業にあらずということなしとしるべし。』

24.第十三章 その2 2002年10月22日
題:『わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。
また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし』

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25.第十三章 その3 2002年10月22日
題:『くすりあればとて毒をこのむべからず』
26.第十三章 その4 2002年10月22日
題:『賢善精進の相をほかにしめして、うちには虚仮をいだけるものか』
27.第十三章 その5 2002年12月2日
題:『願をほこりてつくらんつみも、宿業のもよおすゆえなり』
28.第十四章 その1 2002年12月2日
題:『一念発起するとき、金剛の信心をたまわりぬ』
29.第十四章 その2 2002年12月2日
題:『みなことごとく、如来大悲の恩を報じ徳を謝すとおもうべきなり』

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30.第十四章 その3 2003年1月10日
題:『すみやかに往生をとぐべし』
31.第十五章 その1 2003年1月10日
題:『即身成仏?六根清浄?』
32.第十五章 その2 2003年1月10日
題:『弥陀の願船に乗じて、生死の苦海をわたる』
33.第十五章 その3 2003年3月27日
題:『生に死に離れる』
34.第十六章 その1 2003年3月27日
題:『回心ということ、ただひとたびあるべし』

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35.第十六章 その2 2003年3月27日
題:『いよいよ願力をあおぎまいらせば、
柔和忍辱のこころもいでくべし』

36.第十六章 その3 2003年6月30日
題:『わがはからわざるを自然ともうすなり』
37.第十七章 その4 2003年6月30日
題:『辺地の往生をとぐるひと、ついには地獄におつべしということ』
38.第十八章 その2 2003年7月30日
題:『施入物の多少にしたがいて、大小仏になるべしということ。
この条、不可説なり、不可説なり。』

39.第十六章 その1 2003年3月27日
題:『いかにたからものを仏前にもなげ、師匠にもほどこすとも、
信心かけなば、その詮なし。』

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40.後 序  その1 2003年7月30日
題:『生の信心においては全く異なる事なし唯一つなり』
41.後 序  その2 2003年7月30日
題:『如来よりたまわりたる信心』
42.後 序  その3 2003年9月9日
題:『聖教には真実権仮ともに相交わり候』
43.後 序  その4 2003年9月9日
題:『弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとえに親鸞一人がためなりけり。』

44.後 序  その5 2003年9月9日
題:『常にしずみ、常に流転して、出離の縁あることなき身としれ』

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45.後 序  その6 2003年10月21日
題:『善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり』
46.後 序  その7 2003年10月21日
題:『我もひともそらごとをのみ申し合いそうろう』
47.後 序  その8 2003年10月21日
題:『一室の行者の中に信心異なる事無からん為に』
48.承元の法難(念仏断圧)の記録 その1 2003年11月25日
題:『一室の行者の中に信心異なる事無からん為に』
49.承元の法難(念仏断圧)の記録 その2 2003年11月25日
題:『無実風聞によりて罪科に処せらるる人数事』

50.私の『歎異抄』 最終回 2003年11月25日

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